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たぶん本について


by m9sale

アルテミオ・クルスの死

カルロス・フエンテス 1962年(新潮社 絶版) メキシコ

アルテミオ・クルスは革命に参加して成り上がるがそれは実業家としてで、帝国と呼ぶほどの権力と財力を持っていたが突然病に倒れる。その病床というか死の床についている男がそれまでの人生において失ったもの、得たもの、裏切り、愛などを回想するという話で、と言うとありきたりな気がしてしまうが、現在は一人称過去は三人称で描かれ、また誰の声とも判別しないクルスへの問いかけ(ごく近い未来)が二人称でされ、それらは美しく織り合わされている。また現在に限って見ても、アルテミオ・クルスは毎日自らの言動をテープに録音し翌日聞くという習慣のため昨日という過去が侵入してくるし、と思うと先ほどすでに語られた場面が再度繰り返されるという、どこを取っても非常に自分好みの作品だった。

そう、アルテミオ・クルスのことを考えてたら、ふとランペドゥーサ作『山猫』(1958)の主人公ドン・ファブリツィオが思い浮かんだ。あちらは元は裕福な領主だったが体制側についたために革命で財産のほとんどを失っていく男で、うまく立ち回って貧農から登りつめるクルスとは真逆なのだが、クルスもまた最後は死という形ですべてを失うのであり、周りがどうであろうと自らの誇りと信念にのみ従い、そして失うという崇高な態度は共通のものだったと思う。
by m9sale | 2005-02-06 09:25 | 南米の本    (4)